生活のようす
ずわいがにが水深200mを超える海底でどのような生活をしているかは漁業者の経験から知ることができませんでした。しかし、1980年代になると、海洋科学技術センターの有人潜水艇「しんかい2000」が日本海でも調査するようになり、福井県水産試験場の無人潜水器「げんたつ500」が若狭湾沖の海底を観察するようになりました。それらの観察によると、多くの海底ではクモヒトデが一面に敷きつめられている以外は、驚くほど生物量が少ないのです。クモヒトデのいない海底では、時折、ヤドカリが忙しそうに動き回ったり、大型の巻き貝がのそのそと歩いていたり、カレイが突然飛び出して消えていく、そんな風景です。観察目的であるズワイガニに、1時間の観察で3~4尾に幸運と見られるほどです。このような海底で底びき網漁業がよく成り立つものだと感心するほどです。
そんななかで、自分よりも大きなイソギンチャクのような動かない生物、あるいは、流木のような物に背を向けているかにによく出会います。かにの眼は眼柄の先端にあり、眼柄を多少は前後左右に動かすことによって視野を広げることができますが、基本的には前方を見る構造になっています。したがって、背面は無防備になりやすく、物に背を向けることによって、背後からの攻撃を防いでいるとみられます。日本海のズワイガニの生息域には親にまで成長したカニを捕って食べるような大型の生物はタコ以外にはほとんどいません。ですから、親にまで成長すればほぼ無敵ですが、小さいときにはクロゲンゲ、カレイ、ヒトデ類など多くの敵から身を守る必要があるのです。
「しんかい2000」によると、近づく潜水艇から逃げ、近くの窪みへ入って身を伏せる行動が観察されています。かにを捕る底びき網では海底をはうように移動する太いロープに追われ、最終的には網の中に取り込まれますが、窪みで身を伏せることによって、ロープをやり過ごすことができそうです。
昼よりも夜の方がカニの漁獲が良いという漁業者の経験から、昼には泥の中に身を沈め、夜になるとでてくる夜行性ではないかと言われています。潜水観察は昼しか行われていないため、夜の生態は不明ですが、昼に観察される個体数の少なさからみて、その可能性が高いと見られています。現に、近づく潜水器から隠れるため、体を前後にゆっくり動かしながら、次第に泥に身を沈める光景も観察されています。
ズワイガニは底びき網で漁獲されるため、漁場は泥あるいは砂地ですが、底びき網がひけない岩場にも生息しているとみられます。ここに生息している群れが付近全体の資源を維持している役割を担っている可能性がありますが、まだ何も分かっていません。カナダでは雄が雌を抱えながら岩場を移動している映像が観察されています。
※「科学の目でみた越前がに 著者 今攸」より転載